しみついた文法と言葉

大昔、文章には文節というものがあるのだと習ったことがあります。ただすらすらと文を読むようになってから、いちいち意識したことはありませんでした。それですっかり忘れていたのですが、つい最近、長く話すときなどは意識せずに、文節で区切っている自分がいることに気付いたのです。やっぱりそこが、一番切りやすいということなのかしら。変なところで区切ると、日本語は意味が伝わらなくなってしまいますからね。いわゆる「このはしわたるべからず」です。
それ以外にも、品詞も必死に覚えたものでした。知人の子供さんはそれを今学習中です。これも、大人になっても役に立つのかしらと考えてみたけれど、こちらは実感がありません。名前もいくつも忘れてしまっても、スムーズに使えるのが、さすが母国語といった感じです。
日本は島国で、昔からいわゆる大和の国民がメインに生活しています。しかし土地が続いている外国は、隣接する国の人と話すために今でも、何カ国語も扱えるのが当然というところもあるでしょう。そういう人たちの思考は、一体どの国の言葉が中心になるのでしょうね。やっぱり母国語なのかしら。その人たちも、文法は体に染みついているのだとしたら、とてもすごいことですね。

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