Monthly Archives: 12月 2016

しみついた文法と言葉

大昔、文章には文節というものがあるのだと習ったことがあります。ただすらすらと文を読むようになってから、いちいち意識したことはありませんでした。それですっかり忘れていたのですが、つい最近、長く話すときなどは意識せずに、文節で区切っている自分がいることに気付いたのです。やっぱりそこが、一番切りやすいということなのかしら。変なところで区切ると、日本語は意味が伝わらなくなってしまいますからね。いわゆる「このはしわたるべからず」です。
それ以外にも、品詞も必死に覚えたものでした。知人の子供さんはそれを今学習中です。これも、大人になっても役に立つのかしらと考えてみたけれど、こちらは実感がありません。名前もいくつも忘れてしまっても、スムーズに使えるのが、さすが母国語といった感じです。
日本は島国で、昔からいわゆる大和の国民がメインに生活しています。しかし土地が続いている外国は、隣接する国の人と話すために今でも、何カ国語も扱えるのが当然というところもあるでしょう。そういう人たちの思考は、一体どの国の言葉が中心になるのでしょうね。やっぱり母国語なのかしら。その人たちも、文法は体に染みついているのだとしたら、とてもすごいことですね。

図書館のお供は付録の鞄

図書館で借りたハードカバーを抱えて帰ってきたら、手首のあたりが筋肉痛になってしまいました。さすがに分厚い八冊は重かったようです。でもしかたがないですね。持って行った鞄が、途中で取っ手が取れてしまったのですもの。もともと壊れかけていたのでしょう。あ、まずいかもと思った時には既に遅く、鞄はだらんと布地ごと、破れていました。これではきっと直すのは無理だろうなあと思いつつ、荷物を抱えての帰宅です。
ちなみにその鞄は、何年か前に雑誌の付録についていた物でした。私がそのキャラクターを好きだと知っている友人が、偶然見かけたから、と買ってきてくれたのです。サイズも価格もお手頃でしたし、なによりそれを見かけた彼女が自分を思い出してくれたということが、とても嬉しかったですね。
ただ当時は、同じものを持っている人が多く、ちょっと恥ずかしい気はしました。それで自分でアレンジをくわえて、ちょっと雰囲気を変えたりして。でもこれだけ使ったら、さすがにもとはとれたことでしょう。長い間、図書館へのお供をしてくれた物ですが、潔く手放すことにします。さて、次はどうしようかしら。ちょうどいいサイズの袋が、もう手元にないんですよね。また付録を探してみましょうか。