Monthly Archives: 2月 2018

現実が伝説になる時

文豪や作曲家、画家など有名な方の没後数十年、あるいは数百年には、イベントが企画されたり、作品が新たに注目されることが多いですよね。昔から、そのような時期に組まれるテレビ特番が大好きです。その理由を考えたことはなかったのですが、先日、図書館で偉人伝を探していた時に、はっと気づきました。私はひとりの人の人生を、深く見るのが好きなのです。
たとえば遠い昔に生きた方の作品が、現代にも残っているのはすごいこと。芸術だけではなく、家屋や料理、景観などにも同じことが言えるでしょう。ただ私はそれを見ると必ず、そこには誰が住んでいたのか、どうやってそのレシピを思いついたのか、この景色はいつから変わりないのか、といったいわゆる背景が気になります。それを知らなくても、目の前にあるものの美しさや美味しさを受け入れることはできますが、知っていればこそ、より深く感じるものがあるとも思うのです。
没後何百年もお祝いされる人達は、たとえば千年たっても、何かが企画されるのかしら。そんなことを考えつつ、そうなるともはや伝説上の人物に近いものがあるなあと思いました。作品が残っているから、存在が明らかになるような遠い人と言うと、とてもかっこいいですね。

まるで見守る親の気持ち

以前、私の好きな作家さんが旅行に行ったらしく、SNSに写真を上げてくれていました。自分が行ったことがないところを、憧れの方の視点で見られるというのは、嬉しいものです。これをこのままブログにしてくれないかしら?と思ったけれど、そこまでは難しかったのか、更新はありませんでした。残念です。でも、ご本人の気分転換になったのならば、それが一番素晴らしいですよね。
その方曰く、「家にいるとどうしても仕事をしてしまうから、こうしてまとめて休みをとるようにしている」のですって。確かに、自宅で働くクリエーターは、曜日に関係なく毎日お仕事をされている方が多いようです。締め切り前なんて、お風呂も入らず睡眠もごく少量、死なないように食事だけはとっているけれど、自宅から一歩も出ないという人も見受けられます。
修羅場期間だけだとしても、なんて不健康な生活でしょう。このような生活もあるおかげで、私は素敵な作品が読めるんだと思いつつ、やっぱり心配になってしまいます。だからこそ、旅行で羽を伸ばして楽しんでいる姿を見ると、私も嬉しくなりますし、安心もできるのです。個人としては全然お付き合いがない相手なのに、まるで保護者気分になっているのが、おかしいですね。