Monthly Archives: 5月 2017

クリエーターは昼夜逆転?

先日、ライター業をしている友人が「この業界の人は、昼夜逆転の人が多い」と言っていました。そういえば、印刷会社に勤めている知人も、忙しい時期は「いったい何時から働いているの?」という感じですね。朝の七時前は、出勤時間なのか、それとも退勤前なのか……どちらだったとしても、かなり大変ではあるでしょう。
でも、ライターの彼女は子育て中のママでもあるので、本来ならば、夜は眠りたい人なのですよ。そうでなくては、昼間子供のお世話をしている最中に、眠くなってしまいます。ただ仕事の話が進むのは深夜、ということで、これまたかなり、大変な思いをしているそうです。作家さんや漫画家さんも、夜に働いているイメージですし、本当に「この業界の人は」となってしまう気持ちがわかりますね。
もちろん、朝方のクリエーターもいるでしょう。どなたか忘れてしまいましたが、とある方は、朝の四時に起きているのだとか。その時間だと余計な連絡は来ないし、外でする物音と言えば新聞配達くらいなので、とても集中できるのですって。その代り夜はとても早いので、飲み会などはどんなに頑張っても、一次会までとも言っていましたけれどもね。結局は、皆それぞれ、自分のパターンがあるということなのでしょう。

夢を生み出す作詞の心

先日、好きなアーティストの歌詞カードを眺めていて気付いたのですが、歌詞というのはとても詩に近いですよね。文章のように『これをした次の状況が、こうなっている』というような原因と結果がはっきりしているものばかりではないし、言葉選びもとても抒情的だからです。それに、これは詩とも違いますが、日本語と外国語が混ざっているものが多いのも、特徴かもしれません。
たとえば小説に突然英語が出ていたら、登場人物が外国人とか、店の看板の文字だったとか、何かしらの説明、それこそ先ほど書いた原因が必要になると思うのですよ。しかし日本語詞の中にいきなり英単語が現れても、それを何故?と感じる人はほとんどいないでしょう。これが作詞した方が音にのせるために選んだ言葉なのだと、納得するだけです。
同じように文字を羅列しているものなのに、こんなに意味が違うなんて。今まで全く気付きませんでした。そうなると、漫画の台詞やモノローグなども、よく考えれば、全く質がことなるものなのでしょうね。歌、小説、詩、漫画などなど。私にとっては何が一番ということはなく、その時々でどれを選ぶのはまさに気分任せだし、どれも感受性を刺激してくれる素敵なものたちです。

若者は未来を語るの実像

子供の頃、祖父母が若い頃の話を繰り返すのが不思議でした。私と友人達の話題と言えば、昨日見たテレビについてや、今日の授業のことに関してで、たとえば去年どこかに遊びに行ったことなどは、会話に出る機会が少なかったからです。それを祖母に言うと彼女は「あんたも年をとったらわかるよ」と笑っていました。そして今、当時の祖母ほど年齢を重ねたわけではないけれども、それをちょっと実感しています。なぜなら「昔ね」と語り出した自分の話が、それこそ子供にしたら大昔、十年くらい前の話題ということもあるからです。
以前どこかで『若者は未来を語る』という文言を見たような気がするのですが、その逆で、年を重ねた人は過去を語る、ということなのかもしれません。思い返す時期が長いから、自然とそうなるのでしょうね。そして若者は、夢見る将来がいくらもあるから、きっとそれを信じて希望を口にできるのでしょう。
もちろんこれは、一定年齢以上の人が、未来を夢見ることがないと言いたいのではないのですよ。あくまで、そういう理屈なのだろうかという想像です。その証拠に私の祖父は、毎日やりたいことがいっぱいで、それこそ子供だった私よりも忙しくしていました。