自分で作れる幸福の連鎖

好きなものに対してアンテナが高くなるのは、どうやら脳がそれを特別に意識するかららしいですね。本で読みました。今までは理屈は特に考えず「そういうものなのだろう」と思っていたのですが、その仕組みを聞いて深く納得しています。この理論の応用で、「毎日楽しい」と自分に言い聞かせて思いこむと、そのうちに、楽しいと感じるような出来事がたくさん目につくようになるのですって。とても素敵なプラスの連鎖ですよね。
これほどではありませんが、私も似たようなことを経験しています。世の中、誰にでも虫の居所が悪い時はあり、家族ともなればケンカをすることもあるでしょう。でもそうやってついきつい言葉を投げかけるのを、意識してやめてみたんです。ぐっと堪えて深呼吸を一度して、あとはそのまま、他のことをして忘れてしまいます。そうすると、驚くほどケンカの数が減り、嫌なことは大体見逃せるようになりました。
前は「あれが嫌だ」と考えていたから、ちょっとのことでもいらだっていたのでしょう。いらいらするとその後の生活にも影響するし、いいことはありませんからね。この変化は自分のことながら、素晴らしいものだと思いました。このように変わることができた自分自身もまた、素敵だと思います。

通りすがりの妄想タイム

先日ふとマンションを眺めながら、「このたくさんの家の中には、それぞれ本があるんだなあ」と思いました。住人の性別も年代もばらばらなので、きっと好みも違うでしょうね。たくさんあるだろう本棚や、電子書籍のデータの中には、どんな作品が眠っているのでしょう。想像すると、楽しくなってきました。
それ以降、素晴らしい美人さんやかっこいい男性を見かけると、「あの人はどんな本を読むのかな」と考えてしまいます。見かけどおりお洒落なファッション雑誌かもしれないし、案外家庭的で、手作りお菓子のレシピ集かもしれません。男性の方は、全然根拠はないけれど、車やバイクが趣味だったりして。でもネコ特集とか見ていても、ギャップがあって惹かれます。
相手に対してとても失礼な気はしますが、縁もゆかりもない私が何を妄想しているかなんて、わからないから大丈夫ですよね。というか、平気、という勝手にしています。もちろん知りあいではこんなことはしませんよ。あとから顔が合わせづらくなりますからね。ああでも、相手が赤ちゃんだったなら「どんな絵本を読んで育つかしら」と考えてしまいかもしれません。人様の子でも、可愛い子には、夢や希望を持ってほしいと思います。

新婚の友人に捧ぐ言葉

この間結婚した知り合いが、新人主婦に向けた本を読んでいるのだと言っていました。家事のコツから日々すべきこと、困ったことがあったらどうすべきかなど、親切に書いてくれているのだそうです。昔はお嫁さんは旦那さんの家庭に入って義理の家族と同居することが多かったから、このようなものはいらなかったでしょうが、そうでない今は、大切なものになっているのですね。
ただなんでもそうですが、テキストに書かれていることを全部鵜呑みにしたら、疲れてしまいます。最初はわからないから全て信じるにしても、だんだん、「これはもっと省略してしまおう」「こっちは丁寧に時間をかけよう」などと取捨選択をして、自分色にしていけばいいのです。アレンジする方が楽しいし、やりやすいことも多いですからね。
友達に言うと「大丈夫、完璧な奥さんは目指してないから、じきにそうなるよ」と笑っていました。気負わずに、そのくらいが夫婦長続きの秘訣ですよね。今感じている旦那さんへの愛情は、いつかは情に変わるかもしれません。でもゆっくりまったりマイペースで、彼女がいつまでも幸福でありますように。ちょっとだけ長く生きている年長の友人としては、そう願わずにはおれません。

初めて作ったコピー本

この間、生まれて初めてコピー本を作りました。自宅のプリンターで両面印刷をして、真ん中で折り、ページの順に紙を揃えて表紙をつけて、ホッチキスで止めるのです。普通のものじゃなくて、先がくるって回るタイプのものだと、簡単に上手くできますよ。
さて、こうして私が何を作ったのかといえば、友達が撮った写真をまとめたものです。本当は印刷屋さんに頼んだり、写真屋さんでお願いすれば、もっと綺麗で上等なものができるのでしょう。でも友達が「どんなデータがあるかっていう覚書みたいなものだから、家でやってみようかなと思ったの。手伝ってくれる?」と言ってきたので、チャレンジしました。要は、パソコンの中にあるデータを、ちょっと紙にしてみようかなというくらいの感覚だったのですね。
しかし作り方は簡単ですが、印刷するのは大変でした。だって画像は文字よりもデータ量が多いんですもの。インクがどんどん減っていきます。これならやっぱり頼んだ方が安かったかもしれませんね……といっても、縁ない世界なので、相場は知らないのですが。ただ良い紙を使いサイズも大きい写真集が、小説などよりずっと薄いのに高価な理由はわかったような気がします。勉強になりました。

本が鎖に繋がれていた時代

先日、絶版になっているのだけど、どうしても読みたい本があったので、図書館に行ってきました。館内のパソコンで検索すると、その本は書庫にあるとのこと。司書さんにお願いして、取って来てもらわなくてはなりません。そこでいつも思うのが、書庫はどれくらい広いのだろうということです。私の住んでいるところでは、時々見学会が催されたりもするのだけれど、時間が合わずに行ったことがないのですよ。
おそらくは薄暗くて一定の温度に整えられた部屋に、電動で動くタイプの書棚がぎっしり並んでいるのでしょう。表の書架に並んでいるものと比べたら、どちらが多いのかしら。やっぱり人目につく表? それとも蔵書を集めている地下の書庫? なぜか、海外の美しい図書館を思い出しました。
いかにも歴史がありそうな建物の中に、革張りの厚い書籍が並んでいる様子は、写真で見ただけでも圧巻でした。そういえば昔印刷技術のなかった時代、本は書き写すしかなかったため、とても高価だったのですって。そのため、鎖で棚から持ち出せないようになっていて、そこで読むしかなかったものもあったそうですよ。今はクリックひとつでデータが買える時代ですから、出版業界も、ずいぶん発展してきたものです。

心癒してチャレンジ開始

友達が自分にぴったりのファッション誌を探しています。女性の雑誌は種類が多いからですね。表紙を見れば大体の傾向がわかるといっても、本当に気に入るものを見つけるのは大変でしょう。しかしあの中身は、宣伝の割合が多いですよね。初めて見た時は、びっくりしてしまいました。
昔は毎月何種類も購入していましたが、今はそんなこともなくなって、美容室や銀行、あるいは病院の待合室でちょっと見る程度です。友達とページをめくって盛り上がり、あれこれ冒険、研究していた頃が懐かしくはあります。でも今はそれぞれ定番の服装も決まっているから、この状態も落ち着いていていいのかもしれません。メイクの仕方や小物遣いなど、いろいろ貸し借りしながら、ずいぶん楽しみました。
あれが輝かしい青春時代と言うのかなあ、とぼんやりと思っている今は、すっかり心が枯れてしまったかのようです。ただこういうのは年齢の問題ではなく、考え方によるのだと実感してもいます。それこそ大好きな本でも読みながら、ゆっくりくつろいでいれば、また気力も復活するでしょう。服装は落ち着いても、世界には知らないことがたくさんありますし、新しいチャレンジを見つけられるかもしれません。

読書という平和な趣味

最近、読むスピードが追い付かない勢いで本を買ってしまっているせいで、積読がどんどんたまっていっています。しかし私は、本来ならば反省しなければいけない状況にも関わらず、机の端に詰まれた山を見ると「私の知らない世界が、まだこんなにたくさんあるんだ」と幸せを感じるのです。そしてこの山がなくなってしまうことが、恐怖にすら思えます。今まではこんな気持ちになったことはないというのに、どうしたことでしょう。
単に活字が恋しいのか、それとも心躍るストーリーで、現実逃避したいのか。後者ではないと言いきれないところが辛いところです。でも本を読んで幸福に浸れるのならば、ある意味平和なことだと思います。だって、読書はひとりきりの世界ですから、誰にも迷惑はかけませんもの。
面白い話と大好きな音楽、そして美味しいお茶があれば、どんなに疲れることがあった日でも、私の心は癒されます。どこかに遊びに行って高額の物を衝動買いしたり、美味しい物を食べすぎて胃を痛める心配はないのです。こう考えれば、読書がいかに平和な趣味か、誰にでもわかることでしょう。いくつになっても続けられるこの楽しみを、そしてそのための時間を、今後も守っていきたいものです。

夢溢れるアニメの世界

突然ですが、漫画やアニメに出てくる人達は、目や髪の色が、どうしてあんなにからふるなのでしょうか。ファンタジー要素のある作品ならまだしも、現代が舞台のものでもそういう子たちがいますよね。子供の頃はずいぶん驚いたものです。しかもそんな派手な見た目で顔出しもしているのに、魔法少女などは、周囲の人に正体がばれないのです。でも、なんてご都合主義なんでしょうと突っ込む人もいません。
キャラの個性とか、わかりやすくするためとかいろいろ理由はあるでしょう。でも私は、これこそが二次元の楽しみであり、夢なのではないかと思っています。そこは指摘するところではなく、目を向けたいのはストーリーであり、登場人物の可愛さやかっこよさなのです。子供の時にはそれがわからなかったのですね。私自身が、大人ぶりたかったのかもしれません。
疲れた時に、あえて対象年齢の低そうな漫画やアニメを見ると、心が癒されます。難しい問題も絶対悪もなく、すべてが穏やかに優しく、ハッピーエンドに作られているからです。「大人になってもそんなのを見ているの」と言う人には「大人だから見てるんだよ」と言って、勧めてあげたいですね。きっとみんな、心がほっこりするでしょう。

手書き原稿の再現希望

学生時代の頃、文豪の生原稿を見たことがあります。どなたのものかは忘れてしまったのですが、修正の書き込みがとても多くごちゃごちゃしていて、字はそれほどきれいではありませんでした。ただ説明を見て「これがあの人の原稿か!」と皆で感動したことは覚えています。
パソコンなど当然ない当時は、当然編集者があの文字を判読していたんですよね。漢字の崩し方はすごいし、ひらがなもずいぶん省略されていたので、読むのは大変なことでしょう。彼らも「これはあの先生が書いたものだから、大事にしなくては」などと、熱意を持って取り組んだのかしら。そのおかげで本として残り、私たちは印字された読みやすい文字で読むことができるのですから、感謝しないといけませんね。
ただ手書き原稿が残っているなら、あえてそれをそのまま本にしても面白そうだなあとは思います。もちろん価値があるものだから、かなり難しいだろうことはわかっていますよ。ただそれでも復元という形で……なんて、贅沢かしら。読める気はしないので、コレクター魂が現れているだけですけれどね。読みやすい文字は本当にありがたいのだけれど、人柄を見て親しみを感じるのならば、やっぱり手書きが一番だと思います。

好きなものを選ぶ幸せ

今まで見た中で一番好きな小説をあげるとしたらなんだろうと、ここ最近ずっと考えています。きっかけは友人が「お気に入り映画ベスト5を勧めるね」と連絡を寄越したことでした。月額制の映画サイトに登録したことを話してから、数日後のことです。それには題名と監督名、そして出演者とあらすじが書かれていました。もちろんネタバレはなく、宣伝文句のように先が気になる文言ですよ。
まだ紹介してもらったうちの一本しか見ていないのですが、自分ならとうてい選ばないアクション満載のストーリーは、とても面白かったです。友人曰く有名な作品ということだったけれど、私は全然知りませんでした。今まで映像作品に縁がなかったのです。そんな私がどうしていきなり映画を見ようと思い立ったのかと言えば、原作の小説を読んだからなのでした。
私の趣味と言えば読書くらい。だったら友人に素敵な本を勧めてあげたい。そう思って考え続けて早一瞬間、なにがいいのか迷ってしまって、全然数が絞れません。私も5作品にしようとは思っているのですが……むしろ彼女はよくぞそこまで絞ったものだと感心します。絶対逃せないのが2作あるので、あと3冊はどうしましょうね。まったく楽しい悩みです。