文体に惚れる

先日、友人に借りた恋愛小説を読んでいた時「この作家さんは流れるような文章を書くなあ」と思いました。情景や心理の描写が豊かで、目をつぶると、その場面が明確にイメージされるような書き方ということです。それを貸してくれた本人に言うと「あなたならそう言ってくれると思った」と返事がきました。ほかにもバトル漫画のような書き方というのもあります。それはテンポよく展開する文章のことで、短いフレーズと体言止めが、ぽんぽんと続いていくものです。
もちろんこれは正式な決まりがあるわけではなく、あくまで私と友人がそう呼んでいるにすぎません。本はストーリーに夢中になるのもいいけれど、その他の部分楽しめるのも素敵だと思います。自分好みの文体が見つかると、ぞくぞくするんですよ。そして書き方は話によって大きく変わることはないので、最終的には話の内容に関わらず、作家さん自体を追うことになります。
言い回しや単語の選び方、漢字の使い方など、初めて素晴らしいと思う人に出会った時は「内容じゃなくてこんなところを見るなんて、自分は相当変わっているのではないか」と思いました。でも友人が「私もすごく気にするよ」と言ってくれたので、とても嬉しかったです。以来彼女は、一番の読書友達です。

子供の魂、今でも趣味で継続中

最近の子供雑誌の付録は豪華ですね。先日遊びに来た親戚の子が持っていたものを見て、驚いてしまいました。彼女はそれを小さなバックの中に集めていたのですが、まずその入れ物自体も付録だし、他にきらきらのシールやペン、メモ帳などなど……全部宝物だそうです。これほど大事にしてもらえたら、出版社の人も嬉しいでしょう。
でも親は、大変だと言っていましたね。工作のように作るタイプのものが、説明を見ても、案外難しいのだそうです。それを聞き私は、夏休みの宿題を思い出しました。読書感想文は楽しく本を読めて良かったのですが、あの工作は、毎回とても苦労しましたね。しかもあれは新学期、たいてい教室に飾られますから、しばらくの間ずっと恥ずかしいのですよ。でもそんな工作も、得意な子はとても綺麗に作ってきていました。あの時幼いながら私は、人には得手不得手があり、自分は読書と文章を書くことが好きだと知ったのです。
さて、親戚はまだ幼稚園児ですが、将来どんなタイプになるかしら。きっとひらひらのスカートが好きになるのだけは、間違いないと思っています。だって今も、雑誌に描かれているお姫様の絵が大好きですからね。人間根本は変わりませんから。

絵本の楽しみ

幼い頃に最初に触れたのはやっぱり絵本です。母に何度も何度も読み聞かせてもらっていたようです。だから、大人になってからも、お話だけでなくその挿絵も覚えているものもあります。それに、大人になってからは、表紙がすごく可愛かったり、魅力的だったりで、興味を持ったものがあって、インテリアとして飾っておきたいと思う絵本があります。
先日、ある記事に贈り物にオススメの絵本が紹介されていたんだけど、どれも表紙がすごく洗練された感じでオシャレな雰囲気でした。私が子供の頃に読んだものとはかなりイメージが違っていました。そして、その内容も社会を風刺したお話があったり、その内容をまるごと体感できるような飛び出す仕掛けがあったりと、それぞれ個性に溢れていました。そうそう、オススメの中には作者がある芸人さんという絵本があったんです。私はその人がお話を書いているなんて知らなかったから、すごく意外な感じでした。それも、現代社会を映している物語なんです。そして、その社会の中で夢を追うことの素晴らしさを表しているとても魅力的なストーリーです。その芸人さんを見直してしまいました。というより、その才能に感心してしまったと言う方が正しいです。
でも、紹介されていたものはどれも、子供のためだけというには勿体ないくらいの作品です。もちろん、インテリアにしておくのだって勿体ないですけどね。手に取って眺めてみたいという衝動に駆られます。きっと癒しの世界に浸れると思うんです。

趣味は命ではなく、心の糧となる

以前友人が、長く集めていた趣味のグッズを売りました。整理したかったのではなく、純粋にお金が欲しかったと言っていましたね。新しく欲しいものがあるからではありません。生活のためです。働いているけれど、ひとりくらしでかかるお金も多くて、どうしてもとっておけなかった、と言っていました。しかしその後彼は一生懸命仕事をして、無事、手放した品をまた集めることができたのですよ。
これを「また買うくらいなら売らなければいいのに」と思う方もいるでしょう。でも私は、彼の気持ちがよくわかります。だってたとえばCD一枚のお金を出せば、安いお米を買うこともできるのですよ。ただ生きるだけならば、人生に趣味はなくともいいわけです。でもそれでは張り合いも楽しみもないから、皆は音楽を聞き、映画を見て、スポーツに夢中になるのでしょう。もちろん、その他いろいろありますけれどもね。
そんな状況を望む人はなくとも、日々大変なことは起こります。だから私は友人が生活のために決断したことは見事だと思いますし、再び彼が望む生活水準に達し、また同じ趣味を始めたことを尊敬します。今後のことは誰にもわかりませんが、彼のように前向きに力強く生きていきたいものです。

友人がニュースを見るようになったきっかけ

学生時代、友人は社会科、そのなかでもとりわけ政治経済が大嫌いでした。「難しい言葉がたくさん出てくるからよくわからないし、つまらない」と言うのです。確かに、憲法はこんな内容で、内閣の仕組みがこうで……と学ぶのは、私にとっても面白いことではありませんでしたね。正直に言えば、今でも詳しいとは言えないでしょう。
ただそれでも、私は新聞を読みます。実はつい先日まではそれほど熱心ではなかったのですが、ある言葉を聞いて変わったのです。それは「政治は自分に関わることだ」というもの。テレビで議員たちが話している内容は、どこか遠くのことのように感じていたけれど、本当は私たちの生活に、なにより密着しているのですよね。それを私は、長らく忘れていました。
学生時代に教科書を使ったように本で学ばなくても、わからない言葉や行政システムについては、ネットで調べれば意味を知ることができます。大人に向けた記事が難しければ、子供用のサイトもありますからね、そこから政治の世界に入るのもいいでしょう。先日は、私が感銘を受けた言葉を含め、その後の変化について友人に話しました。彼女も納得したようで、今はニュース番組をしっかり見るようになりましたよ。

ママライターの秘密の部屋

自宅でフリーライターをしている友人がいます。彼女の作業部屋を見る機会があったのですが、驚きましたよ。壁一面、そして机の上にもフィギュアがたくさん並んでいたのです。ちなみにこれは仕事に関係するものではなく、全部趣味で集めた物なのだとか。
「好きなものが周りにあると、やる気になるでしょう?」と彼女は笑いました。確かに学生時代、私も勉強机の上に、お気に入りのマスコットを並べたりもしましたけれど、さすがにこれは気が散らないのかしら。ただ彼女が言うには「気が散らないくらい集中するのが大事」だそうです。それができたら、作業もはかどるでしょう。さすがプロの言葉だな、と友人ながら尊敬しました。
もうひとつ、フィギュアをここに集めたのは、子供に悪戯されないためもあるとも言っていましたね。作業部屋は「ママの大事な場所だから」と立ち入りを禁止しているのですって。子供は日頃愛らしくても、時として子供は聞かん坊のわがまま悪魔になりますからね。わかります。もしかしたら邪魔の入らない静かな部屋で、宝物に囲まれて働いている時が、彼女の癒しの時間でもあるのかもしれません。頑張れママ、と背中を叩いたら、友人はガッツポーズを見せてくれました。

再スタートは特別ではない日に

子供の頃、誕生日とお正月が大好きでした。ケーキが食べられて、プレゼントやお年玉が貰えるからというのもありましたが、それより「ここから新しい一年が始まるんだ」ということにうきうきしたものです。とくにお正月は、もう社会全体がそんなムードですからね。カレンダーも干支も、テレビ番組も新しくなります。すべてがゼロに帰ると思っていました。
しかし大人になった今は、そうは思いません。どんな時でも夜に眠って朝に目覚め、自分が決めたことを繰り返す……なんらかの節目を超えたからといっていきなり、あらゆるものが入れ替わることはないと知ったのです。本来、時は切れ目なく過ぎていくのですから、それこそが当たり前のことなのですよね。それに、特別な再スタートがないということは、自分の気持ち次第でいつでも新しいことができる、ということでもあります。年齢も時間も関係なく、心ひとつでいいのです。なんて素晴らしいことでしょう。
今は、お正月も誕生日もあえて特別と意識せずに、当たり前の一日として過ごしています。
変わらぬ穏やかな時間を大切にしながら生活し、年をとって暮らしのスタイルが変わったら、のんびり読書をして過ごす……そんな生活が夢です。

成功を信じた文豪たち

この間知人と話したのですが、大器晩成の晩成って、いつ頃を言うのでしょうね。辞書を調べると「年をとってから」と書かれており、非常に曖昧な感じでした。なぜそんなことを気にしているのかというと、友人は占いで、年をとってから大成すると言われているからなのですよ。毎日その時が来るのを信じ、地道に努力を続けていますが、やはり待ち遠しいのでしょうね。
著明な芸術家や文豪の中には、死後有名になった人もいます。そのような方達は、存命の時にはかなり苦労をしていますよね。どうして自分の作品が売れないのかと思い悩み、それでも筆を折ることができず、貧困の中で生活をしたり、配偶者が頑張ることで、なんとか生計を立てていたり、様々です。友人は、夢を追い求めるのは、楽しくもあるがしんどいものだと話していました。
好きだからこそ続けられる、でも、好きだからこそ認められたいという気持ちが大きくなる……きっと文豪たちも、このような相反する気持ちを抱え、葛藤していたことでしょう。素晴らしい作品が現在でも残っていて読めるのは、後世の人が認めたからというのもありますが、何より、作家本人がどのような状態でも執筆を続けてくれたからなのです。

風邪には睡眠が一番

最近友達と「睡眠は何にも勝る薬だよね」と盛り上がりました。風邪をひいたら薬を飲んで頑張ってしまいがちですが、本当は、それよりもあったかくして眠るのが一番だということです。もちろんその時は、ただ横になっているだけではなく、ゲームも読書も我慢して、目をつぶって眠るのですよ。そうやって休んでいる間に体は、ウイルスを退治しようと頑張ってくれます。
専門的なことはわかりませんが、私はこのような流れを、小さな頃に絵本を読んで知りました。もじゃもじゃした子供の落書きみたいなウイルスが、私たちの喉の奥にいるような絵がついていたことを覚えています。うがいをすると外に出るから、ちゃんとうがいをしましょうという内容だったかしら。さすがに細かいところは忘れてしまっていますね。
出席停止になるような病気でもない限り、大人は無理をして会社に行ったりしてしまいがちです。でもきっと、誰もが昔、絵本で見たことがあるだろう風邪のウイルスたちを想像すれば、「こんなに攻撃されているならば、自分もちゃんと対処しなければならない」と思うのではないでしょうか。どんなときでも無理は禁物、自分を守るのは自分しかいないと思っています。

あえてファンレターを送る理由

先日、インターネットで連載されている面白い漫画を見つけました。多忙な日常の合間にずいぶん笑わせてもらったので、ファンレターを書こうとしたのですが……送り先がわからないかったのです。もちろん、漫画が掲載されているページには、感想を送るメールフォームはありましたよ。でも私はその編集部の住所が知りたいと思いました。
わざわざ便箋に長文を書き、封筒に入れて切手を貼って送るというのは、手間と感じる人が多いでしょう。郵送の場合はお金もかかりますし、要はメールのほうが絶対にお手軽なわけです。それでも私は、最初の一度くらいはあえて、手紙をしたためたいと考えています。なぜなら知りあいの漫画家さんが、ファンレターは何よりの宝物だと言っていたからです。
このためにわざわざ手間暇をかけてくれたことが嬉しい、メールもいいけれど、手紙は記憶に残るんだよ。彼女は初めてのファンレターを貰った時に、私にそう力説しました。そこまで言われれば、期待に沿いたいと思ってしまいますよね。確かに私は、素晴らしい文面が書けるわけでも、見せてくなってしまうほどに、文字が特別綺麗なわけでもありません。それでも、精神的な糧をお送りして、応援することはできると信じています。